他人の目を気にせず生きれば楽になる―心も見た目もあるべき姿へ

他人

他人の目を気にし過ぎだった。
とにかく人に見られるが嫌。
きょろきょろしてる若者が大嫌い。

こんな自分は、あるべき姿ではない。
他人など気にせず、楽に。
僕のあるべき姿は、もっと普通であった。

若い変なの

他人を気にし過ぎだった。
僕が自意識過剰なところもある。
でも、まぁ、見てるんだよね。
きょろきょろしてるようなDQNが。
田舎でダサいミニバン乗り回して、あおり運転してそうな輩。
見た目でわかりますね。

こういった“若い変なの”が目にも鼻にもつくようになり、絡まれることもあった。
若いと言っても、30代~40代もいる。
最近のあおり運転のニュース見れわかりますね。

結局は、自分も“若い変なの”だったんですね。
類は友を呼ぶです。
周りの他人を気にするばかり、きょろきょろきょろきょろする彼らと同類と化していた。

そんなことが多々あり、他人嫌いが加速していく。
しかし、最近はそんなことはなくなった。

変わるべきは自分

最近は、“変なの”に遭遇しない。

僕自身が変わったからだ。
僕としては、彼らと同等にはもうなりたくないし、関わりたくない。
「お前らとは違うんだ」と言うかのように、堂々としてればいい。
最初は、“普通”を装うように心がける。
彼らのように、きょろきょろきょろきょろしないようにする。

すると、不思議と以前のようなことは起きなくなった。
自分が変われば、全てが変わる。

こういうものなんだと思います。
やっぱり、類は友を呼ぶ。
負のオーラなんかが出てたりするのかもしれない。
本当にあると思うんです、こういうの。
それに寄ってくるんです。
湧いてくるんですよ。

周りの目は気にせずに、生きるべき。

気持ちも楽な服装

人格は、服装を含めた風貌に表れます。

オタクはオタクでも、ヤバい奴は見ただけでわかる。
DQNっぽいのも同じ。
っぽい人間、皆が皆というわけではない。

中には、他人になめられたないと、強がった服装をする輩がいる。
一時期の僕もそうだった。
これも他人の目を気にしてのこと。
そんなことしたって、同じような輩が寄ってくるだけ。
自分は疲れるだけ。

周りの他人なんて気にせず、気持ちも楽な服装選びを。

普通であるべき

心も見た目も、普通であるべき。
それが、あるべき姿。

これは僕の話ですが。
周りの他人の目ばかり気にしてる時期は、自分が自分でないような気がした。
自分を恐ろしく思うこともあった。

本当の自分ではなかった。
僕は普通であるべき人間だった。

あおり運転することが、あるべき姿であり、本当の自分である人間もいるわけです。

最後に

全ては僕の心の変化によるもの。
あの頃は、軽く精神いっちゃってたと思います(笑)
僕自身も、“若い変なの”だった。

あまりいないだろうけど、僕のように、他人の目が嫌な人。
自分を変えることから、始めるといいです。
自分が“普通”にならない限り、“変なの”は寄ってきます。
見た目から、普通を装うようにするだけで、随分と変わってきます。

あるべき姿が普通ではない人は、どうにもなりません。
あおり運転するような人間が、その代表格です。

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