他人は敵か。親しい人からの裏切りを経験して

人間関係

「他人は敵か」
そう考えてしまう、自分がいる。
親しい人からの裏切りを経験すれば、当然、他人など信用することができない。

こう考えてしまう自分は、間違っているのか。
そんなことについて、考えてみる。

他人は敵?

他人は敵なのか。
ここ数年間で、よく考えていることだ。
こんな人間関係について考えるようになったことにより、このブログができた。

僕は、他人は敵であると考えてしまう。
皆が皆、敵ではないとわかってはいるものの、敵視してしまう。
実際は、普通であり良い人のほうが多いのだろう。

しかし、敵である他人がいるのも事実であると考える。
絶対に敵となる人間は、非常識な人間だ。

敵となる他人

記事中に頻繁にネタにしている、あおり運転をするような人間。
こんな他人は敵でしかない。
こういったタイプは「ナメられたくねえ」精神の強い人間だ。

運転ではなくても同じこと。
歩行中に、すれ違いざまに目が合おうものなら、この精神が発動する。

僕自身、他人は敵だという考えが強くなれば強くなるほど、こういった非常識な人間と同類になっていると感じる。
この考えが一番強い時期に、人生で初めて、このタイプの人間に絡まれた。
「類は友を呼ぶ」だ。

自意識過剰

一種の自意識過剰や被害妄想に陥る。
他人は敵という意識が強いためだった。

上記の、敵となる他人タイプの人間も、これに陥ってると考える。
「あいつ、煽ってきた!」ってね。
実際には、煽ってないことがほとんどだろう。

こういった人間は落ち着きがなく、キョロキョロしている。
まるで、敵を探すように。
一時期の自分もそうだった。

変わることはできるのか

変わらなくていい。
前の自分に戻ることはできるのか。
学生の頃は、このような考えは持っていなかったのだから。

僕の場合は、大人になってから、親しい友人からの裏切りを経験している。
そして、この考えに陥った。
もういい年なので、新たに他人と親しい人間関係を築くのは難しいと思っている。

僕自身、今現在はごく一部の人間としか関わっていない。
外出する機会も減り、他人と関わることも少ない。
そうなると、敵に遭遇することもなければ、味方に巡り合うこともない。
これが問題なのだろう。

敵ではない他人と関わらないと、前の自分には戻れない。
人によって変わってしまた心を戻せるのは、人なのだろう。

ボランティア活動なんかに参加みるのもいいかもしれない。
「他人は敵だ」という心は捨てて。
そこで人と関わらなくても、その活動を見るだけで、何か思うことはあるはずだ。

最後に

何だかんだで、僕はまだ、他人が嫌いなんだと思う。
好きになる必要はない。
むしろ、そんな人はいるのか。

「人が好き」なんて、口に出して言える人は、一種の才能だろう。
接客業してる人で、「人と関わるのが好き!」なんて言う人が、稀にいますね。

「他人は敵」は間違っているかもしれない。
しかし、裏切りを経験してしまえば、そのくらい、人に対して疑い深くなってしまう。
これは仕方ないと思っている。

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