“嫌い”という感情は生きていく上で厄介

人間関係

人間関係において、“嫌い”という感情は、決して、良いものではない。
人に嫌われても、人を嫌いになっても、良いことなど何もない。

“嫌い”という感情は、強いものになれば、“憎しみ”さえも、生み出してしまう。

僕自身も、この“嫌い”という感情に、苦しんだ。

ここでは、僕が苦しんだ、”嫌い”という感情について、解説。
さらに、”嫌い”との、付き合い方を、紹介しよう。

嫌いとは

ここで扱う、”嫌い”とは、“憎しみ”に近いほどの、”嫌い”だ。
少し馬が合わなくて、「なんかあいつ嫌い…」の”嫌い”とは、訳が違う。
もちろん、「ピーマン嫌い!」なんていう嫌いとも、違う(笑)

例えば、“好き”が”嫌い”になって生まれる、強い”嫌い”。
これは、裏切りにより生まれる”嫌い”だ。裏切りによる、傷が深いほど、”嫌い”も強くなる。

ひょっとしたことで、嫌いな人間のことを思い出し、モヤモヤとする、”嫌い”。

これらは、生活に支障をきたすほどの、嫌いだ。

嫌いに苦しむ人生

冒頭に書いたとおり、僕は、この”嫌い”という感情に、苦しまされた。

この”嫌い”は、10年近い付き合いのある人間による、裏切りによって、生まれたもの。
先述の、“好き”が”嫌い”になったもの。憎しみの感情に近い、”嫌い”なのだ。

こんな、“嫌い”は生きてく上で、厄介だ。
最初は、「時間が解決してくれる」なんて考えてた。しかし、この”嫌い”に苦しんで、2年半。
解決するどころか、“嫌い”が増したようにも、感じていた。

ふとした時に、”嫌い”な感情が、湧き出してくる。イライラ、モヤモヤして、一日を過ごしてしまう。
そして、関係のない人に、当たってしまうなんてことも。

こんな”嫌い”に、時間を費やすのは、無駄だ。
何より、精神衛生上、決して、良いものではない。

時間が解決してくれないのなら、自分自身で、解決するしかないのだ。
むしろ、時間で解決するには、その時間がもったいない。

“嫌い”との付き合い方

時間で解決できないということは、忘れられないということ。
“嫌い”が”無感情”になった人は、時間が解決してくれた人だろう。

しかし、なかなか、そうも上手くいかないのだ。
“嫌い”という感情が強いほど、無感情にはなれないはずだ。

“嫌い”を忘れることができないのなら、その“嫌い”に対する、考え方を変えるしかない。

僕は、こんな考え方で、”嫌い”と、付き合っていくことにした。

別れがあれば出会いもある

“出会いがあれば別れもある”なんていうように、“別れがあれば出会いもある”と、僕は、考えている。

僕に厄介な”嫌い”という感情を生ませた、裏切り者との別れにより、新たな出会いがあったのだ。
この、新たな出会いにより、僕の人生は、充実したものとなった。
それは、「もっと早く付き合いを辞めておけばよかった」と思わせるほど。

こう考えられるようになると、自然と“嫌い”という感情が、”無感情”に変わってくる。
考え方によっては、”無感情”どころか、“感謝”さえ、できてしまう。
なぜなら、新しい出会いを、与えてくれたのだから。

ふとしたことで、”嫌い”が蘇ることもある。それほど、僕の、”嫌い”は、強かったのだろう。
しかし、前ほど、この感情には、苦しませられなくなった。

最後に

僕のように、長年、”嫌い”に苦しまされている人がいるのなら、考え方を変えてみてほしい。

嫌いな人間に、苦しまされる時間は、無駄でしかない。
そんな”嫌い”とは、早いとこおさらばし、人生をより良いものとしてほしい。

“嫌い”という感情と、付き合っていく人生は、辛いものだ。

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