今だといじめレベル!?小学生の頃に受けた行き過ぎた指導

学校

当時は何とも思っていなかった、小学校時代の担任の先生の指導。
しかし、今この時代に、思い出してみれば、行き過ぎた指導のように感じる。

助けてくれる仲間がいたから良かったものの、場合によっては心に大きな傷を負っていただろう。

大人しすぎた小学校時代

僕は幼少期から中学生まで、とても大人しかった。
トラウマなんかで、人とのコミュニケーションを恐れているのではないかというくらいに。

ほとんどの先生は、僕のこの性格を理解してくれていて、接してくれていた。
しかし、皆が皆、そうではなかった。

学芸会の練習時にそれは起きる

タイトルにあることが起きたのは、学芸会の劇の練習の時だった。
小学校三年生のとき。

大人しすぎるくらい大人しい僕に、劇のセリフを大きい声で言うことは容易ではなかった。
当時の僕にとっては、何よりも難しいことだったかもしれない。

そんな僕を見て、イラっとしたのか、担任の先生は指導を行う。

公開処刑な行き過ぎた指導

僕はひとり、体育館のステージに上がらされ、「僕の名前は〇〇です!」と大きな声で何度も言わされた。

同級生は、みんな僕を見ているわけです。
もはや、公開処刑です(笑)
いじめですよ。本人がいじめだと受け取れば、それはいじめです。

そして、「声が小さい!」と、何度も怒鳴られる。
今思えば、執拗に何度もやらされていた。
「僕の名前は〇〇です!」と、何度言わされたか。

劇のセリフではなく、名前を言われるっていうのも、いじめ要素満載なわけです。

今の時代だと、子どもがこんなことされると、親は黙ってないのだろうね(笑)
僕は親には言わなかったけど。

同級生は味方だった

そんな仕打ちを受けた僕だったが、学校を行くのを嫌になったりはしなかった。

そのワケは、ステージで行き過ぎた指導を受けている僕を見て、笑ったりする同級生が一人もいなかったから。
陰で一人くらい笑ってたかもしれないけど(笑)

みんな僕を心配し、慰めてくれた。
当時の僕はこれに救われたのだと思う。

これがなかったら、心に傷を負い、不登校にでもなっていたかもしれない。
それこそ、トラウマになり、コミュニケーション能力に影響を及ぼすことになっていた可能性だってある。

自分も悪い

散々、先生が悪いように書いてきたが、僕も悪い。
なぜなら、いくら、大人しいとはいえ、劇の練習で声が出てないということは、やらなくてはいけないことをやっていないと見なされる。

そうなれば、担任であれば、しっかりと指導しなくてはならない。

それにしても、舞台役者の舞台稽古じゃないんだからさ。
演出家にでもなったつもりでいたのか(笑)

最後に

指導に怒鳴りを入れることには、何も思わない。
しかし、やり方ひとつで、間違った行き過ぎた指導になってしまう。

今回の僕の経験した指導は、間違った行き過ぎた指導だ。
有名舞台演出家の怒りの入った指導とは、違うわけです。

ただキレて、怒りをぶつけてくる、ろぐでもない担任だった。

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