「他人に見られる」ということ。相手が悪いか?自分に原因がある?

他人

腹が立つことかもしれない。
僕も経験がある。
見られるということを、ネガティブに捉えているからだ。

じろじろと見る人間も悪いが、他人に見られる原因が自分にあることだってある。

他人をじろじろ見る人間

他人をじろじろと見る人間は、非常識であると言える。
言うまでもないことであり、それがわからない人間だ。

他人に見られるということは、腹の立ってしまうことである。
他人をじろじろと見ることは、非常識なのだから。
非常識なことに腹が立つのは、当然である。
「何見てんだよ」と、言いたくなってしまう。
口に出す人は、そうはいないだろう。

しかし。
見られる原因は、自分にあるかもしれない。

他人に見られるということ

女性のファッションで例えるとわかりやすい。
胸元が思いっきり開いてたり、スカートが短かったり。
ダメだと思っていても、見てしまう人が大半だろう。

でも、それはキレイだから見てしまう。
正直に言いますが、そこまでキレイな人でなければ見ません。
「何見てんのよ!」なんて言うのは、おかしなこと。
見られたくないのなら、見せなければいい。

男でも、奇抜なファッションは、目につきやすい。
髪形でも何でも、普通と少しでも違えば、人は見てしまう。
中には「だっさ」とか思ってる人間もいるでしょう。
そういう人間は、人間としてダサいのでね。
「お洒落だな」と思い見られることのほうが多いだろうし、何も思ってないことが大半でしょう。
「視線を向けた先に、たまたま、あなたがいた」みたいな。

とは言っても、「他人に見られる」ことをポジティブに捉えるのは難しい。
「他人に見られる」ということは、そういうことだと思います。
そういうことだから、他人をじろじろと見てはいけない。
非常識なことなのである。

どちらが悪いか

いきがった高校生のように、キョロキョロキョロキョロして、他人をガンを飛ばすようなのであれば、見るほうが悪い。
どんなファッションをしてたって、こういった人間が悪い。

しかし、こういった人間は稀である。
それ以外ではどうだろうか。
他人を見てしまうことは、良いことではないが、どうしても見てしまう。
原因を言うのなら、やはり、自分だろう。
相手が、常識人であれば。
視線を感じたら、自分も同じように見てやればいい。
常識ある人であれば、視線を逸らすだろう。
それが、最初に挙げたようなおかしな輩だったら…。
ゴングが鳴ってしまうかもしれない。

最後に

「他人に見られるのが嫌」と言う人は、今一度、自分に原因がないか考えてみよう。
まぁ、見るほうが悪いんですが。
常識あるしっかりした人なら、奇抜なファッションな人がいたって、不快にさせるような見かたはしない。

僕は割と服が好きで、普通とはちょっと違う服装のときもあるので、仕方ないと思ってる。
髪形も少し普通ではない。
それでも、視線を感じたら、イラっとすることはある。
人間だもの。
それを表情に出したり、言動で表したりしなければ、いいと思いますけどね。

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