他人嫌いの僕は「やさぐれてる」のか。僕は「ぐれた」のか

他人

「やさぐれてる」と言われた。
僕の人間関係の考えに対してである。

僕は反論したが、冷静に考えれば、そうかもしれない。
「やさぐれて」他人嫌いになったのだから。
僕は、やさぐれてる。

「やさぐれる」とは

「やさぐれる」とは、どういった意味だろう。
「ぐれる」と入ってるから、誰だって何となくは意味がわかるはず。

調べてみると、「すねたり、機嫌が悪くなること」とある。
「投げやり」になるとも出てくる。
僕が言われた「やさぐれる」は、違う意味である。
「ぐれる」寄りな意味で言われた。
「家出する」の意味もあり、こちらは「ぐれる」と同じである。

僕が言われた「やさぐれる」は「ぐれる」の意味だろう。
それとも、僕はすねてるだけなのか…。

僕は「ぐれてる」のか

僕は「ぐれてる」と言われたことになる。

確かに、人間関係の裏切りを経験して、この考えを持った。
これを「ぐれた」と言うか。
中学時代とか、親が離婚して、不登校になる人がいた。
これを「ぐれた」と言うか。

どちらも同じである。
僕はこの歳にして「ぐれてる」のかもしれない。
人間関係において「もう少し大人にならないとな」と思うことは、確かにある。
特に、他人に対する考えが。
だから、言われてしまう「やさぐれてる」と。

最近の他人嫌い

最近はと言うと、相変わらずである。
一時的に収まったと思えば、ヒートアップしたり。

僕の敵は、常識がないような人間である。
子供だろうと老人だろうと、イキがったような人間が大嫌いだ。

そこで、問題視したのが「あおり運転」だった。
こういうのが一番腹立たしい。
強がったり、他人に絡んだり。
運転に限ったことではなく。
他人にガンを飛ばしたり、舌打ちしたり。
こういった他人同士の人間関係。

こういうのに目が着くって時点で、ぐれてる。
ぐれた中高生と何も変わらない。
問題視してるだけで、僕は絡んでいったりしないけどね。
そういう時期がなかったとは言えないけど…。

良い他人と関わること

僕のやさぐれた他人嫌いは、収まることはない。
それは、常識ある良い他人と関わってないからだと思っている。
非常識な連中ばかりに、目が向いてる。

例えばこれ。


他人との挨拶一つで、何かから解放された。
…一時的に。

非常識な人間ばかりではなく、常識ある良い他人に目を向け、コミュニケーションを図るべきである。

最後に

「やさぐれてる」と言われれば、確かにやさぐれてる。
他人嫌いなのだから。
ぐれて、他人嫌いになったつもりはなかったが、そういうことなのかなと。

僕に「やさぐれてる」と言った人に、もう一度確認したみた。
すると、「ぐれてるって言うよりかは、すねてるね」と。
…すねてるのか。
「すねてる」は、言われてもしっくりこなかった。

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